カスハラとクレームは何が違う?「議論すること」がクレーム対応でNGな理由

今回のインタビュイー

川合健三さん
1974年 株式会社高島屋に入社。6年余のお客様相談室長を始め、30年以上勤務している中で、2000件以上のクレーム対応を経験し、お客様相談室員に「受け・返し」のスキル指導、売場責任者にクレーム対応のノウハウを指導。2008年5月 高島屋を退社し、現在(2025年3月時点)「K・コムトレード」代表として、多数の企業や組織に対し、お客様対応・クレーム対応の指導およびコンサルティング、研修を行っている。

様々な業界でカスハラという言葉を耳にする機会が増えており、カスハラ防止条例を制定する自治体も出てきています。カスハラという言葉は日に日に注目を浴びていますが、クレームとは何が異なるのでしょうか?高島屋で2000件以上のクレームに対応し、現在(2025年3月時点)では、多数の企業や組織で、クレーム対応のコンサルティングを行う、川合健三さんにお話を伺いました。

企業に落ち度があってもカスハラは成立する

―――カスハラとクレームの違いを教えてください。

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クレームというのはお客様からのご意見の全てを指します。クレームと言われると、一般的には「不満を言われる」というマイナスなものを想像しがちですが、実は、お褒め・ご意見・ご提案を含めて、全てクレームなのです。本来クレームというのは、企業が気付かないことをお客様視点、つまり第三者視点で教えてくださるというものです。つまり気づきを与えてくれるもの、ということですね。

一方、カスハラは、お褒めの言葉や気付きを与えてくれるものではなくて、相手にハラスメントを与えながら、何としてでも自分の要求を受け容れさせようとする行為・行動のことを指します。不当・不法・理不尽な方法を駆使して、何とか自分の要求を飲ませようとするものなのです。

カスハラには暴力や暴言、場合によってはテーブルを叩いて要求を飲ませようというようなケースもあります。

まとめると、クレームとカスハラの最大の違いは、相手のことを敬いながら、企業側に事実や感想を伝えてくださるのがクレームであり、肉体的、精神的な暴力を振るったり、侮辱したりするようなものはカスハラだと言えるのですね。

もちろん、クレームでも主張する内容や言い方・態度によっては違和感を覚えることもあると思いますが、ハラスメントに該当する行為・行動をせずに、相手に情報を伝達しているのであれば、それは「カスハラ」ではなく「クレーム」になります。

―――企業側に落ち度がある場合、カスハラには該当しないのでしょうか?

企業側のミスでお客様にご迷惑をおかけしてしまったとしても、決して暴力を振るわれたり、暴言を吐かれたりすることは許されません。誤解している人たちが多いのですが、企業側に瑕疵(かし)があったことが明確となり、企業がお客様に真摯にお詫びをしているにもかかわらず、ハラスメント行為・行動を取ってくるのはカスハラに該当するのです。

カスハラと思われるようなことに遭った場合「そのようなことはお止めください。誠実な対応が出来なくなってしまいます」と先ずは警告を発することは有効です。それでも続くようであれば、その場を離れて上長やベテラン社員に替わる(※)、というような対応も選択肢として持っておくべきです。

※その場で相手に(特に女性が)「退店してください」というのは危険が伴いますので、そう伝えるとしても責任者からの方が良いですね。

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方針や宣言をつくっただけでは、「カスハラ対応は万全です」とは言えない

―――東京都など自治体でカスハラ防止条例を制定するところも増えてきていますが、企業側の動きに変化は生まれているのでしょうか?

条例が制定されたことをきっかけに、動き始めている企業は増えている印象です。非常に良い流れになっていると言えます。

自治体以外にも、厚生労働省が「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」を公表しています。かなり具体的な例示などが記載されているので、資料として活用している企業が多いですね。また、最近では、ホームページにカスハラに対する方針や宣言を掲載している企業もよく見かけます。それだけではなくコンビニやスーパーなど、私たちの身近な場所でも啓発ポスターがありますよね。

実はこういったポスターを貼ったことで、「これは自分のことではないのか?どうしてこんなポスターを貼るのだ」と言ってくるお客様がいらっしゃるらしく、相談をいただくことがあります。

このような場合は「役所からこういうものを掲げると良いという指導があり、貼っているのです」などと答えると良いとお伝えしますが、方針や宣言の策定だけでは「カスハラ対応は万全です」とは言えません。浸透していない、という現れでもあるのかなと。

私たちは、方針や宣言の策定を一歩目として、二歩目、三歩目と対策を前に進めていかなければならないのです。

ただ、カスハラ対策が積極的になっていく上で、カスハラと誤解されるのを恐れて通常のクレームを言わなくなる人が増えるかもしれない、という懸念もあります。「こんなことを言ったらカスハラと思われるのかな?」と思う時点で、そのクレームは善良なものと言えます。バランスを上手く取らなければ、企業が居丈高と感じられてしまう可能性も。

経営者・管理監督者は、このようなリスクも踏まえて対策を講じるべきですが、まだまだ足りない部分が多いと思います。

―――上記以外にも、企業が抱えるカスハラ対策の問題点はありますか?

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前述の通り、カスハラへの対応マニュアルを策定している企業は増えています。現在(2025年3月時点)は、厚生労働省『カスタマーハラスメント対策企業マニュアル』や『東京都カスハラ防止条例』および『ガイドライン』には、カスハラの定義や基準が明確に掲載されていますので、それらを参考にしている企業は増えています。ただ、現実には、顧客からの申し出の内容や方法等々がとても多岐に亘っており広範となっています。

一方、公のマニュアルやガイドラインは、様々な業種・業態の企業や組織を対象にしているため「社会通念上」「長時間」「毅然と」「執拗に」「十分に」のような広く解釈できる曖昧な文言を使用せざるを得ないことがございます。各企業でマニュアルやガイドラインを作成する際には、カスハラの定義やガイドラインを十分に読みこなして、自社に合うような具体的な文言(例えば「分りやすく説明した後、20分後」とか「3度説明しても」)に置き換えることをお薦めします。

もちろん、明確に暴力や暴言を吐かれるといった、分りやすいものは対応もしやすいのですが、いわゆるグレーゾーンに当てはまるようなものがいくつもあって、それらを全てマニュアル化するのが難しいのです。

例えば、企業側のミスで返金対応をするとき、商品代金だけではなく数百円程度の交通費を要求されたら、それには応えるべきなのか?といった事例、丁寧な口調だったお客様が、徐々に強い口調に変っていくといった事例のようにグレーゾーンに入る事例はよく耳にしますね。むしろ、2,000円で買ったハンカチが不良品だったからと言って、100万円要求されるといったケースであれば、誰でもカスハラだと分かりますが、現場では判断に迷うような事例がいくつもあるのです。

このように、対応に悩む事例を基本にして、ガイドラインやマニュアルを、企業側が策定すると、現場の皆さんはかなり楽になるのではないでしょうか。

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クレーム対応は「相手を敬う・立てる」ことが大切

―――今までのご経験のなかで培った、クレーム/カスハラ対応の基本原則を教えてください。

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一つ目は、相手の話を『聴く』」ことです。聞こえてくる意味の『聞く』ではありません。こちら側で積極的に聴こうとする姿勢で臨む『聴く』です。当たり前のことと思ってしまうかもしれませんが、クレーム対応の第一歩は、とにかく相手の話を聴くことから始まります。お客様がどういった点に不満を持っているのか、どのように解消して欲しいのか、しっかり耳を傾けて聴くことが基本中の基本なのです。

二つ目は「話しやすい雰囲気を作る」こと。お申出をするお客様が、ご気分良く文句を言えるような、話しやすい雰囲気を作って差し上げましょう。お客様は言いたいことが沢山あるのです。

最後、三つ目は「相手がもっと話をしたくなるような『返し』をする」ということです。タイミングよく『相づち』をうったり、お客様が心の中で思っていることを引き出すような『質問』をしてみるなど、相手がますます話をしたくなるような『返し』を行ってみてください。

人は、話し相手が自分に関心があるということが分かれば、輪をかけて話をしたくなるものです。「そんなことがあったのですね」「その後はどうなりましたか?」など、「私はあなたの話に関心を持っています」、と伝わるような『返し』をしてみましょう。

―――対面や電話、メールでのクレーム対応の難易度はそれぞれ異なりますか?

電話の場合、お客様・応対者、双方の表情は見えないというところが留意点です。音声でしか相手の様子が分からないので、電話には不安を覚える人もいらっしゃいます。逆に言えば、お客様が目の前にいないので、暴力を振るわれることはありません。電話の方が安心と感じる人がいます。反面、対面であれば双方の表情や様子が一目瞭然なので、申し訳なさそうな表情を示して丁重にお詫びをすると、スムーズに進むこともあるのです。しかし、お客様の怒りの表情を見て応対者が舞い上がってしまうこともあるのです。さらに、お客様は対面では言いたいことを言えず、怒りのトーンが低くなることもあると言えます。どちらが難しいかは人に寄りますね。

個人的に申し上げれば、いちばん難しいのはメールのクレーム対応ではないかと思います。メールでいただく場合、お申し出をするお客様は文章に感情を入れて作成することがあります。しかし、文章を読んだスタッフはお客様の感情を正確に感じ取れるとは限りません。とても難しいことだといえます。そのため、対応を誤ってしまうこともあるのです。

メールの留意点は、受信したメール、返信するメール、どちらも必ず複数のスタッフで内容を確認することです。そして、お客様のお気持ちと主張である本意を、何とか読み取ろうとする意識を持つことでリスクを減らすことができます。また、メールの場合、送信者は回答を待っている状況ですから、「大事なメールをいただきありがとうございました。拝読後、3~4日以内に改めてご返信させていただきます」と、先ずはいただいたお礼と返信する期日を明記して返信すると良いでしょう。

企業の中には、メールでのクレームを軽んじている人がたまに見受けられます。メールは、こちらで書いた内容がそのまま記録として相手に残ります。証拠となり得ます。返信する文言には特に慎重にしないといけません。メールは、クレーム対応で一番難しいと言えるかもしれません。

いずれにしても、クレーム対応では「お客様を敬う」「お客様を立てる」ということを特に意識することが重要です。

少し前までは「お客様は神様です」という考え方が主流でしたが、現在(2025年3月時点)は否定され、「企業とお客様は対等だ」と言われるようになりました。
勿論、対等という考え方は間違っているわけではありません。人間的に上だ、下だ、なんてありません。人間として同等・対等であることに疑いの余地は全くありません。

しかし、私個人としては、お客様に製品や商品・サービスを買っていただき、それらの集合・総合計したものが、働いている企業の利益になり、自分たちの給料にも反映されていることをよく認識すべきです。「企業活動」「商売」という世界で考えた場合、双方の関係は少し違った発想になるべきです。お客様に少しでも「いい気分」になっていただくこと、いい気分に「させる」というスキルを持っているか否かで「企業活動」「商売」では大きく差が付くことになります。「対等だ」と考えるよりも「敬う」「立てる」というスキルを活用する方が企業にプラスになるのです。お客様が「いい気分」になることで、再購入につながるからです。

ですが、ハラスメントを受けたときは話が違います。カスハラは、スタッフを身体的・精神的に害する行為・行動です。そのような相手は「お客様」ではありません。お客様として対応する必要など全くありません。そのようなときは、「お客様対応」というスイッチをOFFにして、「企業活動」「商売」から離れて、通常の平静な行為・行動をすれば良いのです。そうすれば、お互いに人間的には対等です。ただし、スイッチをOFFにしたからといって、乱暴な口調で対応してはいけません。通常の世界で見知らぬ人に乱暴な口調は使いませんものね。

各スタッフが、このスイッチの切り替えを上手くできるようにするためにも、企業側がカスハラに対するルールをしっかり作る必要があります。クレームとカスハラの線引きをできる限り明確にして差し上げないと、相手が求めるがままに、最終的に土下座まですることになってしまうのです。

―――クレーム対応で行ってはいけないことはありますか?

「相手と議論すること」です。「議論に勝って商売に負ける」という言葉がありますが、本当にその通りで、クレーム対応は決して相手と議論をしてはいけません。

お客様と議論をして、仮に企業側の主張が正しかった(議論に勝った)としても、議論をしたお客様は嬉しいはずはありません。さらに、その話を聞いた人たちは、もう二度とお店に行かなくなるかもしれません。結果として、「議論に勝って商売に負ける」ということになってしまうのです。

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クレームは1人で背負わず対応しよう

クレーム対応は全て1人で解決する必要はありません。自分が解決しなければいけないと気負うことはないのです。
自分ができる範囲で一所懸命対応した後、上司に対応を代わってもらうということも選択肢として持っておきましょう。

クレームは個人が対応するだけではなく、難しそうなものは組織で対応するものと覚えておくといいですね。

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